本記事にはプロモーション(広告)が含まれています
パン作りの本や粉売り場の説明書きで「酒種」という言葉を見かけて、なんだか特別な設備が要りそうだと感じた方は多いと思います。ところが酒種酵母の材料は、炊いたご飯と米麹と水の3つだけ。特別な器具も、種菌の購入も必要ありません。台所にある保存瓶と、22〜28℃を保てる場所さえあれば起こせます。
先に結論をお伝えすると、酒種酵母の作り方でつまずくポイントは「材料の鮮度」「温度」「かき混ぜ」の3つに集約されます。逆にいえば、この3つさえ外さなければ、春や秋の25℃前後の環境なら3〜5日、目安として約4日で泡の立つ酵母液ができあがります。うまくいかない人の多くは、材料が古いか、置き場所が寒すぎるか、混ぜる回数が足りないかのいずれかです。
この記事では、酒種がそもそもどういう仕組みで発酵するのかという理屈から始めて、材料と手順、温度管理、完成の見極め方、種継ぎと保存、そしてパン生地に入れるときの配合までを順番に整理します。レシピの手順を丸写しするのではなく、「なぜその温度なのか」「なぜ28℃を超えてはいけないのか」がわかるように書いていきます。
・酒種酵母を炊いたご飯・米麹・水の3つで起こす手順と、約4日という日数の根拠
・22〜28℃という温度帯を守る理由と、28℃を超えたときに生地で何が起きるのか
・泡・香り・舌のピリつきで完成を見極める方法と、失敗した種の見分け方
・7〜10日ごとの種継ぎと冷蔵約1ヶ月という保存の考え方、粉量10〜20%の配合
米と麹と水だけで起きる、日本生まれのパン種の正体

酒種は「日本の米食文化から生まれた発酵種」です
酒種酵母とは、米麹とご飯、水だけで起こせる日本古来の天然酵母のことです。ぶどうやりんごの皮に付いた酵母を使うフルーツ酵母と違い、酒種は米を栄養源として自然界の野生酵母を取り込んで育てます。原料が日本酒とほぼ同じ顔ぶれであることからもわかるとおり、もともとは酒造りの発酵源として使われてきた、米食文化に特有の酵母菌です。
なぜ米で酵母が育つのかというと、酵母が直接食べられるのは糖だからです。米の主成分はデンプンで、そのままでは酵母の餌になりません。ここで米麹が仕事をします。麹に含まれるアミラーゼという酵素がデンプンを糖に変え、粥状の糖液ができる。その糖液に空気中の野生酵母が入り込み、糖を食べてアルコールと炭酸ガスを出す——これが酒種の発酵です。甘酒づくりの前半と、酵母の増殖が同じ容器の中で連続して起きていると考えるとイメージしやすいはずです。
この「糖化してから発酵させる」という二段構えは、小麦粉の生地に直接イーストを入れる作り方とは根本的に違います。だから酒種は起こすのに日数がかかりますし、逆に麹の甘みとうま味が種そのものに蓄えられます。
酒種=麹、米、水を原料として、米のデンプンを麹のアミラーゼで分解し、その粥状の糖液に空気中の野生酵母を取り込み、継ぎ足しながら培養した発酵種のこと。「種」と呼ぶのは、粉に加えて生地を膨らませるもとになるからです。
ホップス種の硬さを解決するために生まれた背景
酒種酵母がパンに使われるようになったのは、明治7年(1874年)のことでした。当時のパン作りにはホップスを使った発酵種が用いられていましたが、この種で焼くと生地が硬くなり、日本人の口には合いませんでした。そこで、日本人好みの柔らかいパンを焼くための発酵種として研究開発されたのが酒種です。翌々年の明治8年(1875年)には酒種で作ったあんぱんが献上され、そこから菓子パンとして広まっていきました。
ここを押さえておくと、酒種の性格が理解しやすくなります。酒種はハード系のパンを力強く膨らませるために作られた種ではなく、しっとりした菓子パンのために選ばれた種だということです。あんぱんをはじめとする和の菓子パンと相性がよいのは、味の好みだけの問題ではなく、開発の目的そのものが「柔らかい生地」だったからです。
この酒種による発酵は明治7年から140年以上受け継がれており、種の管理は経験を持つ職人の手で代々継承されてきました。家庭で起こす酒種も、原理としては同じものを小さく再現していることになります。
焼き上がりは「皮が薄い・麹が香る・しっとりする」
酒種で焼いたパンには、はっきりした特徴があります。皮が薄いこと、ほんのりと麹の香りがすること、そしてしっとりした食感になることです。ドライイーストで焼いたパンと並べると、香りの立ち方と翌日の生地の状態で違いがわかります。
理由は種の中身にあります。酒種には麹由来の糖とアミノ酸、そして発酵で生じた微量のアルコールや有機酸が含まれています。糖とアミノ酸は焼成時の焼き色と香りのもとになり、水分を抱え込む働きもあるため、クラム(内側)が乾きにくくなります。風味の豊かさと生地のしっとり感は、酒種ならではの特長とされている部分です。
ただし、いいことばかりではありません。皮が薄いということは、パリッとした厚いクラストを作りたいハード系には向きにくいということでもあります。バゲットのような食感を目指しているなら、酒種は最適な選択にはなりません。作りたいパンの方向性と種の性格を合わせるのが先です。
「天然酵母=体にいい」ではなく「性格が違う」と捉える
酒種を含む天然酵母は、果物や穀物など自然のものに付着した酵母菌を発酵させたもので、複数の酵母が混在した状態で働きます。一方のドライイーストは、パンの発酵に適した酵母菌だけを集めて純粋培養したものです。単一か混在か——この違いが、味の複雑さと発酵の安定性の差になって現れます。
やりがちな誤解は、天然酵母を「上位互換」だと考えてしまうことです。天然酵母はイーストに比べて発酵力が弱いものが多く、時間をかけてゆっくり発酵させる方法が中心になります。管理も難しく、安定して同じパンを焼くには経験が要ります。ドライイーストには短時間でしっかり生地を膨らませる強い発酵力があり、これは明確な長所です。
酒種を選ぶ理由は「弱くてゆっくりだからこそ出る風味」にあります。優劣ではなく、狙いに応じた道具の使い分けだと考えると、判断を誤りません。酵母全体の種類と発酵時間の違いは、次の記事でも整理しています。

酒種酵母の作り方は材料3つ、待つのは約4日
用意するのは炊いたご飯・米麹・浄水だけ
酒種酵母の作り方で必要な材料は、炊いたご飯、米麹、浄水の3つです。道具は蓋のできるガラス瓶と、混ぜるためのスプーンがあれば足ります。特別な発酵器も、種菌の購入も要りません。
材料選びで結果が変わるのは鮮度です。酒種にカビが生えてしまう原因として真っ先に挙がるのが、材料が古いことだからです。米麹は開封して時間の経ったものではなく、賞味期限に余裕のあるものを使ってください。ご飯も炊きたてを冷ましたものが安心で、何日も冷蔵庫にあったものは避けます。水は塩素の残る水道水をそのまま使わず、浄水を用意します。
ご飯は必ず冷ましてから使う点にも注意が必要です。熱いまま麹と合わせると、麹の酵素が高温で失活したり、逆に糖化だけが一気に進んで雑菌が増えやすい状態になったりします。手で触れてぬるいと感じる程度まで下がるのを待ってから混ぜます。
混ぜて瓶に入れ、室温に置くだけの手順
手順そのものは拍子抜けするほど単純です。冷めたご飯と米麹を混ぜ、瓶に移して浄水を注ぎ、蓋を閉めて室温に置く。あとは決まった回数かき混ぜながら待つだけです。こねる工程も、加熱する工程もありません。
ここで一つだけ、意外と知られていない選択肢があります。米麹で酵母を起こす方法のなかには、一番初めだけひとつまみのイーストを入れる作り方があるのです。「天然酵母なのにイーストを入れるのか」と驚くかもしれませんが、これは最初の立ち上がりを助けて、雑菌が優勢になる前に酵母を増やすための保険のような役割です。何度か種継ぎをしていけば、種の中身は米と麹で育った酵母に置き換わっていきます。初回で失敗が続く場合は、この方法を試す価値があります。
蓋は完全に密閉したままにせず、発酵が進んで炭酸ガスが溜まってきたら日に一度は開けてガスを抜きます。放置しすぎると内圧が上がり、蓋を開けた瞬間に中身が噴き出すことがあります。
3〜5日、目安は約4日という日数の意味
完成までにかかるのは、春秋の25℃前後の環境で3〜5日程度、目安としては約4日間です。フルーツ酵母より短いこともあれば長いこともあり、素材によって日数は変わります。酒種の場合、この日数は「糖化が進む時間」と「酵母が増える時間」の合計だと考えてください。
日数に幅があるのは、置き場所の温度が一定ではないからです。同じ部屋でも、朝晩の冷え込みが強い時期は発酵が止まり気味になり、日数が延びます。逆に室温が高い日が続けば早く進みますが、後述するとおり温度が上がりすぎるのは別の問題を招きます。カレンダーの日数ではなく、泡と香りの状態で判断するのが正解です。
初めて作る場合、3日目あたりで「変化が少ない」と感じて不安になることがあります。ここで諦めて捨ててしまうのがよくある失敗です。温度が低めなら発酵に時間がかかるだけで、種が死んでいるとは限りません。カビや異臭がないなら、温度を見直してもう1〜2日待ってみてください。
他の素材で起こす酵母との日数・難易度の違い
酵母は素材によって、起こしやすさも日数も変わります。レーズンのように糖分が多く、皮に酵母が多く付いている素材は比較的立ち上がりが早く、りんごのように水分が多い素材はまた別の癖があります。米麹の酒種は、デンプンを糖に変える工程が挟まる分だけ、他の素材とは進み方が違うと考えてください。
難易度で言えば、酒種は「材料が身近で失敗の原因が特定しやすい」種です。糖化を担うのが自然任せではなく米麹という明確な担い手なので、うまくいかないときの原因を温度・鮮度・酸素の3つに絞り込めます。フルーツ酵母のように「素材個体の当たり外れ」に悩まされる場面が少ないのは利点です。
素材ごとの日数の違いを比べておくと、酒種のペースが遅いのか速いのかの感覚がつかめます。他の酵母との比較は次の記事で整理しています。

22℃を下回っても28℃を超えてもうまくいかない

酒種が好む温度帯は22℃〜28℃
酒種の発酵温度は22℃〜28℃が適温です。この範囲を守ることが、酒種酵母を使いこなすうえで最も大切なポイントだと言われます。温度が上がりすぎないよう、低温でゆっくり発酵させれば、元気な酵母に育ってくれます。
なぜ上限が28℃なのかというと、それより高い温度では米麹由来の酵素が活発になりすぎるからです。麹に含まれるプロテアーゼとアミラーゼは28℃以上で活性化します。糖化が進むこと自体は悪くないのですが、同時にタンパク質分解も進むため、種としての性格が変わってしまいます。この影響は、種を作る段階よりも、その種で生地を作る段階ではっきり出ます。
下限側の22℃にも意味があります。これを下回ると酵母の増殖が鈍り、発酵に時間がかかります。発酵の温度が低く時間がかかることは、カビの発生原因の一つとして挙げられています。酵母が優勢になるまでの時間が延びれば、その間に雑菌やカビが伸びる余地が生まれるからです。「寒いから遅いだけ」と放置するのは危険だということです。
酒種にカビが生える主な原因は、材料が古いことと、発酵温度が低くて発酵に時間がかかることの2つです。「古い麹を寒い部屋に置いた」は最悪の組み合わせで、酵母が増える前に別の菌が先に増えてしまいます。対策は、新しい材料を使うこと、22〜28℃を保つこと、そして定期的にかき混ぜること。カビが生えた種は、その部分を取り除いても内部に菌糸が伸びているため、使わずに作り直してください。
夏と冬で置き場所を変える、という発想
年間を通じて同じ場所に置けば済む、という環境の家はまずありません。室温がそのまま22〜28℃に収まるのは春と秋の一部だけで、夏は上振れ、冬は下振れします。だから置き場所は季節で変える前提で考えます。
夏場の対策としては、冷蔵発酵を組み合わせるなどの工夫が必要になります。日中に室温が28℃を超えるなら、暑い時間帯だけ冷蔵庫に避難させ、涼しい時間に室温へ戻すという運用です。エアコンの効いた部屋の、風が直接当たらない場所も候補になります。
冬は逆に、暖房の切れる夜間に温度が落ちます。発泡スチロールの箱に入れる、暖房の効いた部屋の高い位置に置く、といった方法で下限の22℃を割らないようにします。パンの発酵と同じで、種にとっても「一定の温度をどう作るか」が課題です。低温をあえて味方につける発酵の考え方は、生地づくりにも応用が利きます。

かき混ぜは酸素を入れる作業、サボると発酵が伸びない
発酵中は2回〜4回を目安にかき混ぜます。継ぎ足しながら管理している期間は、毎日1回混ぜるのが基本です。これは「均一にする」ためではなく、酵母が増えるために必要な酸素を定期的に取り込むための作業です。
酵母は酸素がある状態では効率よく増殖し、酸素が乏しい状態ではアルコール発酵に傾きます。種を育てる段階で欲しいのは、まず酵母の数です。蓋を閉めたまま何日も放置すると、瓶の中は炭酸ガスに置き換わり、酸素不足で増殖が鈍る。かき混ぜ不足が失敗原因に挙がるのは、この理屈によります。
混ぜるときは清潔なスプーンを使い、瓶の口や蓋の裏に付いた粒も落としてください。液面から出て乾いた米粒は、カビの起点になりやすい場所です。混ぜる作業には、こうした「露出した固形物を液中に戻す」意味もあります。
「プシュッ」と鳴ったら完成のサイン
泡の大きさの変化を見る
完成の判断は日数ではなく状態で行います。まず見るのが泡です。発酵が進むと細かい気泡が見られるようになり、蓋を開けるとプシュッとガスが出る状態になります。これが酵母が炭酸ガスを出している証拠です。
そして仕上がりの合図は、泡が大きな泡から小さな泡へ落ち着いてきたタイミングです。ここで冷蔵庫に入れて一晩寝かせれば完成になります。勢いよく泡立っている最中はまだ発酵の途中で、そこからもう一段落ち着くのを待つ、という順番です。
ありがちな失敗は、泡が立った時点で「できた」と判断して使ってしまうことです。糖化が十分でない段階の種は発酵力が安定せず、生地に入れても膨らみが鈍くなります。泡が細かくなり、瓶を持ったときに液の粘りが軽くなってくる感覚が出るまで待ってください。
香りは「甘酒+ツンとしたアルコール香」
次に香りです。完成に近い酒種は、甘酒のような香りにツンとした香りが混じった状態になります。甘酒の香りは麹の糖化によるもの、ツンとした香りは酵母が出したアルコールによるものです。この二層構造の香りがそろって初めて、「糖化も発酵も進んでいる」と判断できます。
逆に、甘い香りしかしない場合は糖化だけが進んで酵母が働いていない可能性があります。この状態で置き続けても、酵母が増えないまま糖だけが増え、他の菌に餌を与えることになりかねません。温度が22℃を割っていないか、かき混ぜが足りていないかを見直します。
注意すべきなのは、腐敗臭やシンナーのような刺激臭、雑巾のような匂いが出た場合です。これらは目指している香りとは別物で、種としては使えません。「アルコール香」と「異臭」は、嗅いだときの不快感の有無ではっきり分かれます。
完成の目安は3つそろって判断します。①細かい気泡が見られ、蓋を開けるとプシュッとガスが出る、②甘酒のような香りとアルコール香がある、③舐めると舌にピリッとした酸味を感じる。1つでも欠けていれば、まだ途中か、どこかがうまくいっていないサインです。
舌で確かめる「ピリッとした酸味」
最後の確認は味です。少量を舐めてみて、舌にピリッとした酸味を感じれば完成の目安になります。このピリつきは炭酸ガスと有機酸によるもので、発酵が進んだ種に共通する感覚です。
ここで「酸っぱすぎる」と感じた場合は、発酵が進みすぎているか、乳酸菌など酸を出す菌の割合が高くなっている可能性があります。酸が強い種で生地を作ると、グルテンが締まりにくくなり、焼き上がりに酸味が残ります。冷蔵庫に移して発酵を落ち着かせ、次の種継ぎで状態を整えるのが現実的な対処です。
一方、甘いだけでピリつきがまったくない種は、まだ酵母が増えていません。この状態でパンを焼くと膨らまず、原因が生地側にあるのか種側にあるのか判別できなくなります。種の段階で「ピリッ」を確認しておけば、後の工程の切り分けが楽になります。
米麹が糖をつくり、同時に生地をダレさせる
アミラーゼ=デンプンを糖に変える酵素
米麹に含まれる代表的な酵素は、アミラーゼとプロテアーゼの2つです。これらは酒造りや甘酒作り、味噌作りでも中心的な役割を果たしています。酒種で最初に効いてくるのがアミラーゼで、デンプンを糖に変える働きを担います。
この酵素があるからこそ、ご飯という「そのままでは酵母が食べられない材料」が酵母の餌になります。麹の量が少なすぎると糖化が進まず、酵母の栄養が足りずに発酵が伸びません。種継ぎの分量で米麹がきちんと配合されているのは、毎回この糖化をやり直しているからです。
実務的なコツとしては、麹の粒がほぐれているかを確認することです。塊のまま入れると、その内部では酵素が液と接触せず、糖化にムラが出ます。ご飯と混ぜる段階で粒を指でほぐしておくと、発酵の立ち上がりが揃います。
プロテアーゼ=生地をダレさせる犯人
もう一つのプロテアーゼは、タンパク質を分解する酵素です。麹に含まれるプロテアーゼとアミラーゼは28℃以上で活性化し、その状態でパン生地に入ると生地のタンパク質が分解されてグルテンが壊れ、ダレてしまいます。
ここが酒種の扱いで最も重要な理屈です。パンが膨らむのは、グルテンの網目が炭酸ガスを抱え込むからです。その網目を作るタンパク質が分解されれば、いくら酵母が元気でもガスは抜け、生地はべたついて広がります。「発酵させたのに膨らまない、生地がゆるい」という現象の裏には、酵母の力不足ではなく酵素の働きすぎがあるということです。
だから酒種を使う生地では、28℃以下で発酵を管理します。夏場に室温そのままで一次発酵を取ると、この温度を簡単に超えます。「発酵は暖かいほど早い」という一般論を酒種に当てはめると失敗するのは、酵母だけでなく酵素も同時に加速するからです。
生麹と乾燥麹、どちらを選ぶか
米麹には生麹と乾燥麹があり、水分含有率が違います。生麹は25〜30%、乾燥麹は10%以下です。この水分量の差が、酵素力と保存性の差になって現れます。
生麹は強い酵素力と発酵力を持ち、米のうま味も強く出ます。酒種を勢いよく立ち上げたいなら有利ですが、優れた保存性は持たないため、買ったら早めに使い切る必要があります。乾燥麹は発酵力では生麹に劣り、うま味も弱めですが、保存性が高く常備しやすい。月に一度しか種を起こさないなら乾燥麹、頻繁に種継ぎするなら生麹、という選び方が現実的です。
注意点は、種の立ち上がりを比較するときに麹の種類を混同しないことです。乾燥麹で「発酵が遅い」と感じているのに温度ばかり疑っていると、原因にたどり着けません。麹を変えたら、発酵の速さも変わる前提で観察してください。
| 項目 | 生麹 | 乾燥麹 |
|---|---|---|
| 水分含有率 | 25〜30% | 10%以下 |
| 酵素力・発酵力 | 強い | 弱い |
| 保存性 | 優れた保存性は持たない | 優れた保存性を持つ |
| 風味 | 米味・うま味が強い | 生麹と比べうま味が弱い |
月に一度の種起こしなら、保存性が高く常備しやすい乾燥麹が現実的です。定番のみやここうじ▼
種継ぎを覚えると、同じ種で何年も焼ける
7〜10日ごとにかけ継ぐと発酵力が育つ
酒種は一度起こして終わりではありません。だいたい7日〜10日毎にかけ継いであげることで発酵力を維持でき、かけ継ぐごとに強くなる傾向があります。少なくとも2週間以内に1回は種継ぎをする、と考えておくと管理が破綻しません。
なぜ継ぐと強くなるのかというと、新しい餌(ご飯と麹)を与えることで、その環境に適応した酵母が選択的に増えていくからです。逆に何週間も放置された種は、餌が尽きて酵母が減り、酸ばかりが残った状態になります。パンが膨らまなくなる原因の多くは、この「継ぎ忘れ」です。
スケジュール管理のコツは、焼く予定と継ぐ予定をセットにすることです。パンを焼く前日に種継ぎをして活性を上げておけば、継ぎ忘れも防げて生地の立ち上がりもよくなります。
種継ぎの基本量は前種50g・ご飯200g・米麹40g・水65g
種継ぎの分量には基準があります。前種50g、ご飯200g、米麹40g、水65gが基本量です。前種は「これまで育ててきた酵母」の持ち込み分で、残りは新しい餌と水にあたります。
この比率を見ると、前種に対して新しい材料の量がかなり多いことがわかります。少量の元気な酵母を、たっぷりの新しい糖源に投入して一気に増やす——これが種継ぎの発想です。前種を増やせば早く立ち上がりますが、古い酸も持ち込むことになるため、基本量から大きく外さないほうが味は安定します。
もう一つの継ぎ方として、酵母液が残り少なくなったら、新しく酵母を起こす際に残った酵母液を大さじ1程度入れる、という方法があります。この継ぎ足しを続けることで、何年も酵母を継いでいくことができます。手持ちの種がわずかしか残っていないときは、こちらの方法が使えます。
| 分類・原料 | 天然酵母/炊いたご飯・米麹・浄水 |
| 発酵温度・発酵期間 | 22℃〜28℃/3〜5日程度(25℃時) |
| 種継ぎ・保存 | 7〜10日毎にかけ継ぐ(2週間以内に1回)/冷蔵約1ヶ月、継ぎ足しを続ければ数年間 |
| 向いているパン | 皮が薄くしっとりした菓子パン系。麹の香りを生かしたい生地 |
保存は冷蔵で約1ヶ月、ただし継ぐ前提で
できあがった酒種は冷蔵庫で保存します。冷蔵保存の期間は約1ヶ月が目安です。低温では酵母の活動が緩やかになるため、常温よりも状態を保てます。
ただし「1ヶ月放置していい」という意味ではありません。7〜10日ごとの種継ぎが発酵力の維持につながる以上、1ヶ月というのは上限であって、その手前で継ぐのが前提です。継ぎ足しを続けることで数年間保存できるのが酒種の強みですから、「保存」より「循環」と考えたほうが実態に近いです。
冷蔵庫から出した種をすぐ生地に使うと、冷たいまま仕込むことになって発酵が鈍ります。使う前に室温に戻して、泡が立ち始めるかを確認してから使うと、生地の進み方が読めるようになります。
頻度別・自分に合う運用パターンを決める
どのくらいの頻度でパンを焼くかで、無理のない運用は変わります。毎週焼く人なら、焼く前日に種継ぎをするサイクルが自然にはまります。種は常に若く、発酵力も安定します。
月に1〜2回しか焼かない人は、7〜10日ごとの種継ぎだけが「焼かないのに続く作業」になります。この場合は、少量だけを継いで維持し、焼く直前に基本量で継いで一気に量を増やす方法が合理的です。維持コストを下げつつ、必要なときだけ活性を上げる考え方です。
まったく焼かない期間が長くなりそうなら、無理に維持せず一度終わらせるのも選択肢です。材料は炊いたご飯と米麹と水だけですから、必要になったときに起こし直せます。残った酵母液を大さじ1だけ取っておいて、次に起こすときの呼び水にする方法もあります。
ドライイーストと酒種酵母、どう違ってどう使い分けるか
単一培養か、混在か
ドライイーストは、パンの発酵に適した酵母菌だけを集めて純粋培養したものです。中身は単一の酵母で、ビタミンCなどのイーストフードが含まれることもあります。だからこそ発酵が早く、安定したパンが焼けます。
対する天然酵母である酒種は、複数の酵母が混在した状態です。混在しているということは、発酵の主役以外の菌も微量の酸や香気成分を出しているということで、これが味の奥行きにつながります。同時に、毎回まったく同じ配合の菌がそろうわけではないため、仕上がりに幅が出ます。
この違いを踏まえると、「同じレシピで毎回同じパンを焼きたい」という目的にはドライイーストが向き、「その種でしか出ない風味を楽しみたい」という目的には酒種が向きます。どちらが優れているかではなく、求めるものが違います。
| 項目 | 酒種酵母 | ドライイースト |
|---|---|---|
| 中身 | 複数の酵母が混在 | 純粋培養された単一酵母 |
| 発酵力 | 弱い・長時間 | 強い・短時間 |
| 準備にかかる時間 | 起こすのに3〜5日、種継ぎが必要 | 開封してすぐ使える |
| 仕上がりの傾向 | 皮が薄い・麹の香り・しっとり | 安定したパンが焼ける |
| 難しさ | 管理が難しく経験と技術を要する | 扱いやすい |
粉量に対して10〜20%、加水の一部を置き換える
できあがった酒種をパン生地に使うときは、加水の一部を置き換えて使用し、粉量に対して10〜20%程度を目安にします。酒種は液体を含んでいますから、その分の水を減らさないと生地がゆるくなるという理屈です。
具体的には、水分量が180gのレシピで酒種を20%分置き換えるなら、酒種36gと水144gに分けます。水分の合計は180gのまま変わりません。ここを理解せずに酒種を「足すだけ」にすると、生地がべたついて成形できなくなります。
配合を10%にするか20%にするかは、時間と風味のトレードオフです。多く入れれば発酵は進みやすく麹の香りも出ますが、酵素の量も増えるため生地がダレやすくなります。初めてなら10%前後から始めて、生地の扱いやすさを確認しながら増やすのが安全です。
一次2〜3時間、二次30分〜1時間、焼成は180℃前後
酒種を使った生地の発酵時間は、一次発酵が2〜3時間程度、二次発酵が30分〜1時間程度が目安です。天然酵母全般では一次発酵6〜12時間、二次発酵1〜3時間が目安になることもあるので、酒種はそのなかでは比較的テンポの取りやすい種だといえます。
温度は25〜30℃が適正発酵温度とされる一方で、酒種を使う際の一次発酵・二次発酵は28℃以下で管理します。プロテアーゼが28℃以上で活性化する以上、上限側は28℃で切ると考えるのが安全です。焼成は180℃前後が目安になります。
膨らみの判断は時間ではなく見た目です。一次発酵は生地が約2倍に膨らむこと、二次発酵は成形した生地が約1.5倍に膨らみ、表面がふっくらしていることが完了の目安になります。時計より生地を見てください。
「酒種で仕込んだら生地がべたついて成形できない」という失敗の多くは、発酵温度が28℃を超えていたことが原因です。28℃以上ではプロテアーゼが活発に働き、生地のタンパク質が分解されてグルテンが壊れ、ダレてしまいます。暖かいほど早く膨らむと考えて温度を上げるのは逆効果。夏場は室温での発酵をやめ、冷蔵発酵を組み合わせる工夫が必要になります。もう一つの原因は、酒種の水分を加水から引かずに足してしまうことです。
まとめ:米と麹の種を育てるために覚えておきたいこと
酒種酵母は、日本の米食文化のなかで酒造りの発酵源として使われてきた酵母を、パンのために転用したものです。明治7年に、ホップス種では生地が硬くなるという課題を解決するために研究開発され、そこから140年以上受け継がれてきました。皮が薄く、麹がほんのり香り、しっとりした食感になるという性格は、この出自にそのまま結びついています。
家庭で起こすときにやることは多くありません。冷ましたご飯と米麹を混ぜ、瓶に入れて浄水を注ぎ、22〜28℃の場所で2〜4回かき混ぜながら待つ。泡が大きな泡から小さな泡に落ち着き、甘酒の香りにツンとしたアルコール香が混じり、舐めるとピリッとしたら、冷蔵庫で一晩寝かせて完成です。うまくいかないときの原因は、材料が古い・温度が低い・かき混ぜ不足の3つに絞り込めます。
生地に使うときは、粉量に対して10〜20%を、加水の一部と置き換えて入れます。そして一次発酵・二次発酵とも28℃以下で管理する。これは麹由来のプロテアーゼが28℃以上で活性化し、グルテンを壊して生地をダレさせるからです。「暖かくすれば早く膨らむ」という常識が通用しないのが、酒種のいちばんの特徴だと言えます。
最初の一歩としておすすめしたいのは、いきなりパンを焼こうとせず、まず種を1本きちんと完成させることです。泡・香り・味の3つのサインを自分の目と鼻と舌で確認できれば、次に生地がうまくいかなかったときも、種側の問題か生地側の問題かを切り分けられるようになります。酵母の起こし方は米麹で酵母を起こす手順の解説や、製パンにおける発酵種の基礎解説、天然酵母とイーストの違いに関する解説もあわせて確認しておくと理解が深まります。
※製品の仕様や公開情報は変更される場合があります。最新情報は各公式サイトでご確認ください。

コメント